音を立てて流れていく、それなりに流れの速い川の水面に顔を近付けながら、理科の授業の記憶を辿っていた。
流れが速いのは確か真ん中。でも、真っ直ぐな川と曲がってる川じゃ違うらしい。習ったところで川なんか近くになかったから、実感が全く湧かなかった。
目を凝らすと魚の群れが泳いでいる。文明が滅んで不便極まりない世界でも、川の水が綺麗なのはきっと良いことだ。飛び込んだらさぞ気持ち良いことだろう。とはいえ着替えもなければ拭くものも持ってない。
それよりもし溺れてしまったら。ここの親切な人たちに、川に落ちた私を探させるのは恐らく良くないことだ。行き過ぎた所まで想像しかけて、止めた。
仕方がないのでせめて水を触るだけにしようと手を伸ばす。

「うわあ!」

滑ってドボン、という訳ではない。川面とは逆方向に肩を強く引っ張られて固い岩場に尻餅を付くはめになった。

「いったー……いきなり何すんの」
「あーー痛ェもいきなり何も、全部こっちの台詞だ」

引っ張った勢いで同じく倒れ込んでいた千空がじとりと私を睨み付けた。

「頭から落ちたらどうなるかくらい分かんだろうが」
「落ちるつもりは無かったけども」

いや、本当に?落ちる想像はした。落ちた後の想像もした。想像して、だからそうならないように気をつけよう!という気持ちですらなかった。私の千空に対する回答は全然説得力がない。

「いや落とし物して。諦めきれなくて眺めてた」
「テメーは……つくならもうちっとマシな嘘があんだろ」
「そういう事にしといてって意味」

人類もれなく救おうと日々一生懸命働いている千空に、水場に引っ張られる人間の気持ちを聞かせるのは酷だと思った。知らない方が幸せな事もある。

「てか千空、意外と力あるね。びっくりした」
「火事場の馬鹿力ってやつかもな」
「なるほど……千空の秘めたる力を引き出してしまったか、私」
「100億パーセント不本意だわ。つうかンなとこでサボってるヒマはねえぞ、テメーにはな」

千空だって、いざって時はずぶ濡れになるのもズタボロになるのも厭わない人間の癖に。違う。そういう人間だから、体が咄嗟に動くのかもしれない。

「じゃあ川遊びはまた今度にする。千空に免じて」

千空はまだ何か言いたそうな顔をしてるけど、サボりを咎められたのでとりあえず逃げる体勢を取る。
この人の前で不安定でいたらいけないと思った。前へ進む事にしか興味がないように見えるが、存外柔らかな心をお持ちなのだ。

「名前、テメーは当分水遊び禁止だ」
「え」
「部屋でもできる楽しい工作アホ程用意してやっから覚悟しやがれ」

そこはかとなく罪悪感を植え付けられてしまったので、職権乱用と思いながらも首を縦に振った。
意地悪く細められた目の奥に安堵の光を見てしまっては、もう従うほかないのである。



2021.1.16 ほだし


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